色覚ABC

 色の見分け方・色彩識別において多数者と多少とも違いのある場合があります。
 この色覚の差異には、生まれつきの先天的・遺伝的な差異、および白内障など目の疾患による後天的な差異がありますが、ここでは前者をとりあげています。
 前者は日本人では約2.3%の少数者がもつ色覚ですが、その中には赤・緑・青の色覚において多数者と違う3つの型、および明暗のみを認識する型があります。なお、そのうち赤・緑の色覚の差異がほとんどです。

 

Ⅰ 色覚の差異

 1 色覚に差異のある人の色の見え方は --- 

 人それぞれの色の見え方は原理的に共有できないものなので、各人の生活行動に現れる違いから推定されますが、上記のとおり赤・緑などの色覚において多数者とそれぞれ一定程度違い、似た色に見えやすい・区別のつきにくい色合いの組合せがあったり、きわめて稀ですが明暗のみ見える人もいます。 これらの色合いの種類や見分けにくさの度合いはきわめて多様で、すべての人において大なり小なり個人差があるともいえます。

 

 2 色覚の差異の遺伝は --- 

 色覚の差異は、日本では男性で約4.5%、女性で約0.2%に見られます。性別と一定関係を持つX連鎖(伴性)遺伝によるもので、性染色体のうちのX染色体にある遺伝子の一部によってなされます。  女性にはX染色体は二つで、男性は一つです(もうひとつはY染色体)。色覚の遺伝の形式が「非顕性」遺伝ですので、女性ではX染色体の一つに差異があっても色覚の差異として表面には出ません。しかし、遺伝子は内蔵します。こうした女性を保因者といい、女性の約10人に1人ほどにみられます。これに対して男性のX染色体は一つですので、この遺伝子があると必ず色覚の差異を生じます。

 

 3 色覚の差異の治療は --- 

 色覚の差異は遺伝上の特性ですから治療方法はありません。かつて「経絡の電気刺激で治る」と称して治療行為を行っていた“クリニック”がありましたが、一定の練習効果によって、検査表が読めるようになった気がするということはありえますが、治療して色覚が変わるということはありません。そのグループは詐欺行為を行ったとして糾弾され、裁判でも結論が出ています。また特製のめがねを使用すると「正常」になるかのような宣伝もありますが、目的を限った一定の補正は可能ですが、色覚が「正常」になるわけではありません。

 

 4 各種の検査法は --- 

 学校の健康診断でよく使われたのは、石原忍が作成した石原式色覚検査表です。これは色の組み合わせを工夫することによって、色覚が違うと異なる数字や文字が見える多くの点の集まった図表で、仮性同色表と呼ばれている検査法の一つです。大勢の人から短時間で、かつ色覚のわずかな違いでも過度に抽出するもので、一般多数の人とほとんど変わらない見え方をしている人まで「異常」扱いしてしまいます。元々は徴兵検査用に作られたもので、大半の眼科医院にはこの石原表しかありません。 
 パネル D-15テストは基準色のついたキャップに近い順に15個の色のついたキャップを並べる検査です。色覚の差異の程度を判定するのに使われます。
 アノマロスコープという大きな顕微鏡のような器具に片目を当てて中を覗くと、円の下半分に黄色の光が見えます。上半分には赤と緑の光を混ぜて下半分の黄色と同じ色にします。混ぜ方から色覚のタイプの判定をします。

 

 5 学校での色覚検査は --- 

 学校の健康診断で色覚検査は戦前から長年行われていましたが、大半は支障なく学校生活を送れる、差別や偏見を助長するとの批判も根強くありました。本会でもこの色覚検査には反対を続けてきましたが、平成13年度末に学校保健法施行規則が改定され、色覚検査は必須項目から削除されました(施行は15年度から)。   ただこれは、それまでのように実施が義務付けられないということであり、実施をできないということではありません。そのため、現に実施を続けてきた自治体は少なくありませんし、眼科医会は実施の復活を国や自治体へ執拗に働きかけてきています。

 

 6 色覚差別のルーツとは  ---

 色覚に差異がある人が電車や船舶の運転をするのは危険である、との考えがあります。これは19世紀に、いくつかの鉄道や船舶の事故が運転士らが信号の色を見誤ったために起きた、との宣伝から生じたものです。詳しく調べると、事故を起こした運転士らの色覚に本当に差異があったのかは確かでありません。なかには運転士が事故で死亡したため彼の色覚がどうだったのかわからないのに、運転士の「色盲」が原因とされた例もあります。こうした宣伝から、色覚に差異のある者が鉄道や船舶に関連する職に就くのを制限する差別が生まれました。そのため運転士の色覚を調べる検査法の需要が生まれ、数々の色覚検査法が誕生しました。その意味で、色覚検査は社会防衛のためにあると言って いいでし ょう。残念なことに、色覚異常者の危険性を説く専門家が今でもいます。鉄道や船舶の職から始まった職業差別は、医師、教員にも広がりました。さらには、色覚が正常でない者は化学者、薬剤師、服飾業者、画家といった色を使う仕事に向かないとの奇妙な常識が生まれ、学校の進路指導に影響を与えました。

 

       <解説 1> ヒトの色覚  

 ヒトは眼で色を見ますが,現代という時代は,色を見ているのは眼だけではありません。カラー・テレビをはじめとするあらゆるカラー画像装置が色を見ているの が現代です。ところでそこにあるのは実は三原色といって,赤,緑,青の三色だけだということは,いまやどなたも御存じのことでしょう。その他の色はみな三 色の融合で発生します。そして実は色を見る眼の働きもそれと同じだと考えられます。つまり眼には三原色感覚があって,すべて色覚はその混合です。これを色 覚の三色視説と言います。
 ヒトの色覚には個人差があるという経験的事実は,三原色感覚の特性の個人差として説明できます。そのような三原色感覚特性については,色覚特性に応じていくつかの類型が考えられます。この論理で行くと,カラー画像装置の三原色の特性を調整することによって,ヒトがどのような色を見ているか,シミュレーショ ンも可能です。実際,今日,コンピューター・グラフィクスによって,いろいろな試みがありますが,それが色覚問題の正しい理解と応用につながることが期待されます。

 

Ⅱ 色覚の差異と暮らし

 

 1 色覚に差異のある子どもへの接し方は --- 

 もし子どもの色覚が違うことに気付いたら、それとなくどのように区別がしにくいか観察し、色名を使って指示などしないようにする(○○色のを持ってきて……)など配慮が必要です。違っていても決して問い詰めたり、叱ったりせず、小学校高学年など適当な時期に子どもに事実をきちんと伝える。そして優劣ではなく多様な特性の中の違いに過ぎないことを知らせ、自信を持たせることが必要です。                小、中、高と進む中、教科書や副教材、チョークや掲示物等について、「見づらい」「見分けにくいので教えて」と周囲の大人(先生、親等)や級友に言える子であっ てほしい と思います。また、そうした話に親は落ち着いて耳を傾け、やさしくアドバイスと励ましの声をかけてあげることが大切です。

 

 2 進学にあたっての注意点は --- 

 以前は「色覚の差異がある者は色が見えない、あるいは色に弱い」との誤った社会的通念があり、不当な進学制限が数多くありました。これが1993年頃までに入学制限はほぼ全大学で撤廃されました。これは、文部省(当時)が調査書の様式について、「健康の状況」の中の「色覚」欄を撤廃するよう全国の都道府県教委などに通知を出すなど、多くの人達の改善努力があり実現されたものです。ただ一部の職種に未だに制限されているものがあり、それに従ってごく一部の大学校に進学制限が残っています。

 

 3 日常生活における注意点は ---

 日常生活の場にはいまだに、見分けにくい色使いが数多く残っています。可能な限り自分の色覚を隠すことなく、必要な場合は周りの人の手助けを求めることをためらわない。(私の目はこうだからちょっと色を見てください……)。高いところのものを取るのに、身長のある人に助けを求めるのと同じだと思いましょう。自動車運転免許についても、教習所などで最初に色覚検査表を使用していたとしても、その誤読で不合格になることはありません。実際の信号の色に近い機器で判定をします。

 

 4 就職における注意点は --- 

 現在、雇入れ時の健康診断項目には「色覚検査」はありません。平成13年に労働安全衛生規則が改正され削除されたからです。色覚検査(石原表など眼科学的色覚検査)を禁止こそしませんでしたが、「各職場で使われている色の判別が可能か否かの確認を行う等にとどめること」を当局は求めました。仮に職場の必要性から「色覚検査」を実施する場合には、誰もが納得できる正当な理由を示さないといけません。そうでないと就職差別となります。
 事業所の求人では基本的に「色覚異常は不可」などの募集条件をつけてはならず、色を使う仕事の内容を詳細に記述しなければなりません。しかし、自衛隊や交通業界など一部で(根拠は疑問ですが)例外的に色覚を求人条件としている所もあります。消防士の採用では、全く不問の所、三色(赤・青・黄)の識別を求める所などですが、いまだに「色覚異常は不可」とする所もあるかもしれません。このように自治体によって分かれていること自体、根拠の薄いことの証左といえます。また警察官の採用では、かつての「色覚が正常であること」から「業務遂行に支障がないこと」に改善されましたが、抽象的なので当局の裁量に左右されそうです。
 色を専門的に扱う業種ほど色を番号で指定するなどしますので、じつは色の間違いは少ないものです。むしろそれ以外の職種で日常のありふれた場面で、例えば「その赤いの取って」などと言われた時に、ちょっと不安を感じるかもしれません。そうした折には「これでいいのですか」と率直に他人に尋ねるといいでしょう。

 

 5 恋愛や結婚における注意点は --- 

 この国では戦前から色覚検査で色覚の差異を過剰に選別し、進学・就職・資格取得などにおいて心無い差別的取扱いを進めてきた経過もあり、以前は世間には「色覚に差異がある人は、色が分からない」という根拠のない誤解や偏見があり、当事者は自分の色覚の差異を隠すことが多かったようです。また、遺伝がからむことなので、「家系の血筋を汚す」と無闇に忌み嫌う意識や、「子どもの色覚の差異は自分のせいである」と必要以上に悩んでしまう保因者のお母さんも多かったようです。そのため、恋愛や結婚に対しても必要以上にタブーとされがちでした。
 最近では、学校での色覚検査や、進学・就職・資格取得などにおける差別的取扱いがかなり撤廃されたこともあり、こういった偏見・差別がだいぶなくなっています。色覚の差異を個人差のひとつととらえてあまり特別扱いすることなく、パートナーに対する自分の今の素直な気持ちを最優先にして考えてほしいものです。

 

        <解説 2> 色覚差別と撤廃の運動  

 

 大辞林によれば「差別」に二つの意味があります。①ある規準に基づいて,差をつけて区別すること。扱いに違いをつけること。②偏見や先入観などをもとに,特定の人々に対して不利益・不平等な扱いをすること。遺憾ながら色覚差別は①のような生易しいものではありませんでした。色覚差別②の典型は進学・就職に見られ,大学等の医理工系入試では色覚に差異のある者はほとんど門前払い,就職に当たっても,多くの場合,超え難いバリアとなりました。いわば「制度」によって「つくられた差別」であり、それは不当ともいえるものであることは夙に識者の指摘するところでしたが,やがてそれが撤廃運動につながります。そのような差別を日本社会に醸成してきたのが学校の定期健診時の 色覚検査であるということから,それは色覚検査撤廃運動でもありました。 
 現在,一部の特殊なケースを除けば,大学等の入試に色覚バリアはありません。また小学校等の定期健診項目から色覚検査はなくなりました。産業界でも雇入時健康診断に色覚検査は廃止されました。大学入試から色覚項目がなくなって久しく,今や色覚に差異のある医師も少なくないはずですが,それがなにか問題を起こしたという話を聞きません。ということは色覚当事者を門前払いしてきたのは人権無視の国家的過ちであったことになります。
 色覚差別問題は人権問題でもあります。また、この国家的過ちを無批判に内面化し、色覚にたいする偏見や先入観などに染まった世間の「意識」面のバリアもまた、上述のとおり結婚な どに際し心無い差別として色覚当事者を長年苦しめてきたのです。