つくられた障害「色盲」-進学就職差別に対して取り組んできたこと

つくられた障害「色盲」  ーー進学・就職差別に対して取り組んできたことーー

 

私は1931年に静岡に生まれ、1957年に名古屋大学医学部を卒業し眼科医として臨床経験を積み、1971年に本郷眼科を開設しました。当時は77名の学生の中で女性は3名のみの時代でした。同級生医師であった夫の米国留学に家族と渡米し、アメリカには女性差別、色覚差別などないことを知りました。

 1971年に帰国して本郷眼科を開設、地域医療への貢献を始めました。学校医を委嘱され、我が国における色覚問題に直面しました。日本では当時学校保健法の下、「石原式色盲表」による色覚検査が全児童に義務付けられており、通知表や診断書に「色神」の項目があり、石原式色盲表で養護教諭により、他の児童も皆いる場所で石原表の数字を読む検査が行われていました。誤読があると「異常」とされます。「異常」と書かれると医学部・薬学部・歯学部・看護学部、教育学部への入学制限があること、消防士・警察官・調理師等々あらゆる資格取得において社会的制限があることを知りました。石原式色盲表は非常に繊細な色の見え方を検索する検査方法であり、男性の4.5%が「誤読」するものの日常生活における色の識別には支障ない場合が多く、信号も識別出来、色を識別して楽しむことが出来るにも関わらず、社会的誤解から差別を受けていることを知り、「実社会における色識別能と色覚検査結果の比較検討」についての調査を続けてきました。

 検査で異常とされると親御さんが児童を連れて本郷眼科を受診します。X連鎖性潜性遺伝(X-linked recessive inheritance)であるため、母親が泣きながら「私のせいで息子が大学に行けない」「就職できない」と哀しむ姿を多く見て来たことで、改善が必要と考え、活動を始めました。職場で色覚検査誤読者が採用不可とされたとの相談を受けると、その会社に連絡をし、不採用の理由を聞き、現場の能力評価をお願いし、復帰されました。「カラーコードの繋ぎ間違いがあると困る」と聞けば、実際のカラーコードを繋げるかの検査をした上で判断してほしいと直談判をし、「石原式検査誤読者」が全例カラーコードの繋ぎ間違いがある訳ではないことを調査で実証し、眼科学会だけでなく産業衛生学会等で毎年、新たな実務的調査結果を発表してきました。「石原式色盲表」によって、「誤読者」が異常とされ、社会的差別を受けていることを、文部科学省、厚生労働省に報告、改善を訴えかけてきました。

その結果、2001年から厚生労働省は労働安全衛生法を改正した折に、雇い入れ時の色覚検査を削除しました。2003年に文部科学省は学校保健法を改正した折に、定期健康診断から色覚検査を削除しました。すべての検査には適切な理由と検査結果の説明と事後措置がなければならないからです。ボート免許も「石原表誤読者」は受験不可とされていましたが、実務的な「舷灯識別テスト」を提案して国土交通省と共に調査を実施し、その結果、2004年から船舶職員法改正がなされ、小型船舶操縦士免許取得に際し、石原表による検査はなくし、舷灯識別テストになりました。

私のところには、多くの「誤読者」から、制限撤廃のお陰で、医師になれました、教師になりました、消防士をしています、警察官として頑張っていますとの声が届いています。最近では「警察官で部長になりました。」との嬉しい電話がありました。社会的にも多様化が謳われる中、日本遺伝学会も「色覚異常」の呼称を「色覚多様性」とすることを提唱しています。

しかしながら、廃止していた学校での色覚検査を復活させる必要があるという一部の動向があります。学校医・教職員の中には「石原表誤読者」は事故を起こす可能性がある、パイロットにはなれないことを幼少期から知っておく必要があると、憶測で可能性を否定する診断書や判定をする方もあり、私の元に、一時期ほぼなくなっていた「制限」の相談が再び増えて来るようになりました。

理にかなわない判定だけで可能性の芽が摘み取られ、多様性を否定に結びつけることに石原式検査表は使われてきました。色覚異常とは不要な検査によって「つくられた障害」なのです。

 人によってつくられたものは、人がなくすことができるはずだと思い、これまで50年間色覚制限改善の活動を続けてきました。しかし、石原式検査表が使われるようになって今100年もが過ぎています。長い間に作られ、染みこんでしまった誤った価値観を皆で打ち砕きましょう。

 「どんな目的で検査を受けるのか? 何を知りたくて検査を受けたいか?」を把握し、検査内容を共通理解し、結果の説明・事後措置が明確にできる検査でなければなりません。

 個人が多様性を肯定的に受け止められるために、あらためてみなさん方のご理解とご活躍を期待します。より多くの力を結集して前進されることを期待します。私がこれまで行ってきたことの説明が、みなさん方の活動の後押しや参考になれば何よりの喜びです

                                                              高柳泰世

                        本郷眼科 院長

                        NPO法人愛知視覚障害者援護促進協議会 理事長

                        名古屋市学校医(眼科)会 参与

                        愛知県立芸術大学 非常勤講師

                         藤田医科大学医学部公衆衛生学 客員教授

参考

厚生労働省の雇入時健康診断における色覚検査の廃止などについて

                      平成13年(2001716 厚生労働省

労働安全衛生法(昭和47年(1972)法律第57号)に基づく雇入時の健康診断の項目のうち、色覚検査を廃止する。

・職業適正の判定には、色覚検査ではなく実際の仕事ができるか否かにより判断することが必要であることを提案するもの

・採用選考時の健康診断で色覚検査をみだりに行うべきではなく、求人に応募する際に、必要であれば色覚異常を自己申告してもらうことを提案するもの

・本改正は、各事業場における業務に関連して色覚検査が必要となる場合については検査の実施を禁止するものではない。しかし、色覚検査を実施する場合には、業務との関連性が認められるとともに、労働者に十分な説明を行った上、その同意に基づき実施されることが望ましく、その旨事業者に対して周知してまいりたい。

 

           (担当課室 厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課、職業安定局業務指導課)