異議申し立て文

202211

NHK教育テレビジョン

大阪放送局

「バリバラ」番組責任者様

 

バリバラ #ふつうアップデート焼肉編」の

番組内容への異議申し立て

日本色覚差別撤廃の会

  会長 荒 伸直  

 

本会は、色覚に差異のある者の有する能力が正当に評価され、その社会生活が向上することを目的とした当事者・家族の団体です。

去る1028日、貴局放送の番組「バリバラ #ふつうアップデート焼肉編」において色覚の問題を扱った内容は視聴者に色覚の差異への誤った認識を持たせ、予断と偏見に満ちた社会意識を広く醸成するものとなっており、ここに抗議とともに本会の所見を示し貴局のご見解をお尋ねするものです。

本来、ヒトはそれぞれが異なった色感覚を持っており、誰一人として同じ見え方をしているのではなく多様な個人差があります。2017年、日本遺伝学会は色覚に関してそれまで使用していた「色覚異常」という用語を「色覚多様性」と呼称するとし、色覚の差異は人が持つ個体差の一種であるとの学問的見解を示しました。また、最近の分析では個々人のもつ色覚の差異は切れ目なく連続的な分布を示していることが実証されています。

 日本では戦前より、色覚を検査するとして石原式色覚検査表が学校をはじめとして広く社会で使用され、その誤読者を「色覚異常」、そうでない場合を「色覚正常」と線引きし、色覚多様な集団を二分化してきました。さらに検査で「異常」とされた場合には「色の判別ができない」「間違った色判断をする」との誤った認識が浸透し、それを根拠として進学時に制限がなされ、多くの職業から排除されました。また、これらを肯定する予断と偏見に捕らわれた差別意識が広く日本社会に形成されていました。

1980年代半ばより、このことが誤った思い込みによる偏見であり、職業差別をはじめとする重大な人権侵害であるとの理解が深まり、多くの方々の努力によって徐々に問い直されてきました。

2001年厚生労働省は、労働安全衛生規則を改正し、雇入時健康診断の健診項目から色覚検査が廃止されました。その改正の趣旨に「色覚異常についての知見の蓄積により、色覚検査において異常と判別される者であっても、大半は支障なく業務を行うことが可能であることが明らかになってきていること」とし、さらに「色覚検査において異常と判別される者について、業務に特別の支障がないにもかかわらず、事業者において採用を制限する事例も見られる」と警鐘を鳴らしています。

 かつて色覚を理由として排除されていた職場では、この規則改正から20年余り多くの色覚当事者が就職し活躍しています。このことは歴史の過ちを現実として実証するとともに、同じ悲劇を繰り返してはならないことを訴えています。

しかし、一方では未だに根拠の無いまま悪弊にとらわれて不合理な制限を温存している事業所が一部にはあり、社会意識としての色覚当事者への偏見とそれに伴う差別意識が執拗に顔を出すのが今日の日本社会です。

 かかる現状において、今回の番組内容には次の2点について疑問をもちます。

 1点目は、本田さんの個人的感想と発言の番組における取り扱い方です。

生の肉と焼けた肉を映像で示し「本田さんにはこんな感じで見えている」との説明がなされ、本人の「生肉と焼けた肉の色がほとんどかわらない」との発言が添えられています。その後のまとめの部分で「焼き肉問題って、色覚障害の人にとってめちゃくちゃメジャーな問題なんです」「みんな困っていて、その問題に風穴をあけられたんじゃないかな」と本田さんは発言します。そして色覚障害のある人(国内)約300万人のテロップが流され同内容の説明がされます。

肉の色の感覚は本田さん自身の感覚なのでしょうが、前述のとおりヒトの色覚は多様で、いわば十人十色、百人百様です。また、そもそも「他人の色覚はお互いにわからない」のです。このケースの場合は多くの当事者の実感とは乖離があるものです。ましてや「焼き肉問題はメジャー」とか「みんな困っている」わけではありません。焼け具合の見分けが難しい人もいますが、実は見分けに困らない当事者は数多いのです。色覚当事者の色感覚に対する間違った認識を視聴者にもたらすものです。

本田さんには自分の発言がどのような影響をもたらすかをもっと考えてほしいと同じ当事者としての願いはありますが、この部分は本田さん個人の感覚であり自分の思いを発言されたのでしょうから、それ自体を否定はしません。問題の焦点は、その発言内容の一般的な事実性の問題と発言が視聴者にもたらす色覚当事者に対する認識を巡って、その社会的影響の大きさを認識した制作者がフォロー、説明すべきことですが、それは全く見当たりませんでした。その結果色覚当事者は、「焼き肉の色が判断できず、当事者にとってメジャーな問題としてみんな困っている」という誤ったメッセージを視聴者に伝えることとなっています。色覚の差異への偏見を広め、悪しき差別意識を醸成することになるのではないでしょうか。貴局の見解を伺います。

2点目は、「色覚障害」という用語を番組内で一貫して使用されたことです。

番組内で「本田さんは色を見分けるのが難しい色覚障害がある」との説明があります。色を見分けるのが難しいことを「色覚障害」と表現されているのですが、前述したようにヒトの色覚は多様性と連続性に富み、当事者の間でもそれぞれ違った特性をもっているのです。ちなみに日本遺伝学会は、色覚の差異を「異常」でも「障害」でもないと捉えています。これらをふまえたとき、その多様性のある特性を「障害」という言葉で一律に表現する人権感覚は理解できません。番組後半で「色覚障害のある人は(国内)約300万人」との表現と相まって、色覚当事者は皆「色を見分けるのが難しい」とのメッセージを視聴者に伝えることになっています。この偏見こそ過去の過ちの元凶であり差別的制度を正当化する役割をはたし、今も残る当事者への差別意識の源泉となっています。「色覚障害」という用語とこのような使用は悪しき偏見を呼び起こし、それを助長していることになっているのではないですか。貴局の見解を伺います。

 

以上長々と番組内容について述べてまいりました。「バリバラ」はマイノリティに焦点をあて、その人たちの置かれた状況を当事者の声としてタブーに躊躇せず製作されてきた番組として、私たちも当事者団体として敬意を表すものです。これまでも人権にかかわる諸問題を取り上げられ、その歴史的背景も含めた丁寧な解説を伴った作品を提供され、視聴者の理解を促して来られました。今回の番組ではその視点が全く見受けられず、視聴者は色覚問題の歴史や科学的根拠にもとづく現状と課題を何ら知らされることなく、一当事者の言説を援用することによって視聴者それぞれが自らの考えをふくらませる番組構成となっており、世の偏見・差別意識を助長させる結果となっていないかと危惧するものです。

まずは貴局のご見解をお伺いします。また、この件についてのご質問、ご要望等があれば、同様に下記までご連絡ください。よろしくお願いします。

 

 

                  日本色覚差別撤廃の会 事務局

 

●NHKからの返信

日本色覚差別撤廃の会 

  会長 荒 伸直様

 この度は貴重なご指摘をいただき、ありがとうございます。

 今回の放送では、色覚について困り事を抱える当事者の声をもとに、焼き肉を例に、少数派の色覚特性への気づきと、困り事を解消するための合理的配慮の必要性を伝える趣旨で制作をいたしました。

 出演いただいた当事者の「見え方」や「ご意見」ついて、番組での説明が十分ではないというご指摘を受け止め、今後はより丁寧にお伝えするよう心がけてまいります。

 また、色覚の差異において、少数派の特性をどんな言葉で表現するか、色覚多様性、色覚特性、色弱、色覚異常など、さまざまな議論があることは承知しております。

 今回のご指摘も踏まえて、「バリバラ」では、色覚が多様であることや、いまだ色覚に関してのバリアが社会に存在していることに着目して、それをどうすれば解消していけるのか、考えて参りたいと思います。

ご理解のほど、お願いいたします。

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NHK大阪放送局   (略)

 

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●NHKに対しての会からの要請書

202211月9日

NHK大阪放送局

「バリバラ」番組責任者 様

「バリバラ #ふつうアップデート焼肉編」に関する要請書

日本色覚差別撤廃の会

  会長 荒 伸直  

本会の11月2日付け異議申し立て書に対して、7日付けメールで回答いただき、ありがとうございました。また、私たちの異議申し立て内容について、一定の理解を示していただき、重ねてお礼申し上げます。

しかし、前回の「去る1028日、貴局放送の番組「バリバラ #ふつうアップデート焼肉編」において色覚の問題を扱った内容は視聴者に色覚の差異への誤った認識を持たせ、予断と偏見7満ちた社会意識を広く醸成するものとなって」いるとの基本的な問題提起に対して、十分な理解と反省をされているとは残念ながら読み取れませんでした。

まず、ヒトの色覚は当事者と非当事者間、また当事者間でも百人百様のバラツキ(多様性、連続性)があるという今日の科学的知見を直視して番組を制作されれば、一当事者の実感的発言のみを縷々示し、それに何らの批判的考察も加えないどころか全面的にそれを援用して、あたかも全当事者が一律に「焼肉を見分けられない」との言説を流すような不明はありえなかったはずです。にもかかわらず回答ではこの点の真摯な反省や責任意識はほとんど窺えません。全国に放送されたそのメッセージが全国「約300万人」の当事者とそれに数倍する親兄弟、これらの人々への偏見と差別をどれほど助長したのか、それらの問題認識を番組制作者として欠いているのは、「謝罪」らしき一言もないことが如実に示しているでしょう。

それはまた、「色覚障害」という用語の使い方にも同様の予断が現れています。当事者間でも相違があるという現代の知見が「身に付いて」いれば、一律・画一的に当事者を「色覚障害」と呼んで憚らないことはありえなかったことでしょう。それぞれの生活上の支障の度合いによって、「障害」と呼ぶ場合と呼ばない場合が区分けされる様々のバリエーションがあるわけです。

あるいは本番組は、文字どおり当事者に「障害」をもたらしている世の様々な「バリア」を解消するという、それ自体は適切かつ重要なミッションに没入するあまり、「バリア」を遮二無二「発掘」しその解消策(バリアフリー)を喧伝するという、ありがちな傾向に染まってはいないのか、真摯な内省も求められるのかもしれません。

ともあれ、今般の2度にわたる問題提起に対して、十二分に受け止めた反省と謝罪、また今後の番組上での何らかの明確な訂正、この2点を心より要請する次第です。速やかなご回答につき、よろしくお願いいたします。

 

●NHKからの返信

 

 日本色覚差別撤廃の会   会長 荒 伸直様

  この度は「色覚」についての貴重なご指摘をいただき、ありがとうございます。

  ご意見を拝読させていただき、色覚について多様な方がいらっしゃる事を改めて深く認識させていただきました。

 今回の番組は、「世の中のふつうをアップデートする」という趣旨のもと、企画の1つとして、焼き肉を焼いたときに生の肉と見分けがつかないという困りごとに対して、その解決策を考えたものです。色覚の困りごとを抱える本人はもちろん、多くの人にとって便利な肉の焼き方をともに考え提案することで、誰もが生きやすい社会を目指すことに主眼をおき制作いたしました。決して色覚に多様性があることを無視して、番組制作をしたわけではないことはご理解いただければと思います。

 ただ「番組内での説明や問題意識が十分ではないことが、偏見や差別の助長につながる」というご指摘については、重く受け止め、今後の番組制作に活かして参ります。

 「バリバラ」は出演者、スタッフ一同、社会にある様々なバリアを解消し、差別をなくしていきたいという思いで制作しています。今後とも、番組へのご理解とご協力を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

 なお、いただいたご指摘につきましては、NHKとして回答しております。

 合わせてご理解のほどお願いいたします。

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