私の色覚差別経験記

私の色覚差別経験記

T.N

 

私は、68年間「色覚異常者」として生きて来ました。その中で経験してきたことを振り返り、まとめてみました。特にこれから先、長い人生を送られる若い人々の参考になれば幸いです。

 

最初に自分の色覚が他の人と違うことをはっきりと自覚したのは、小学校4年春の身体検査の時です。保健室で名簿順に身長、体重、色神(色覚)検査、視力検査を受けました。色神(色覚)検査は、石原式検査表が使われていました。数字を読むページと左右の点の経路を指でなぞるページで、読めないものがあり、周りの友達から「わからんの?」と奇異と軽蔑の言葉をかけられました。又、写生大会の絵で木の葉の色が変、と友達から言われたことがありました。それ以来、色や絵画は苦手意識が根付いてしまいました。高校では、芸術科目の選択は美術を避け、音楽を選びました。

 

次に、「色覚異常」で困惑したのが、高校の志望校選択の時です。小学校の時、何かの書類の中に、【色神異常(赤緑色弱)】という記述があるのをはっきり覚えています。小学校高学年のころからエジソンに憧れ、ラジオ工作を始めました。中学校では、部活で技術部に入り、ラジオ工作を楽しんでいました。高校は、工業高校電気科を希望していました。ところが、3者懇談で、工業高校には行けないことがわかり、とりあえず普通高校に変更しました。家は貧しく、そのまま普通の就職を考えていました。たまたま日本育英会の奨学生の推薦を受け、大学授業料を賄えることがわかりました。そこで大学進学(工学部電気系)を考え始めました。これが、とても大変でした。自分では、十分な情報や調べる方法がなく、進路指導部の先生に相談しました。当時、理系は「色覚異常者」にとって狭き門というより少なき門でした。受験条件に「色覚正常のこと」という学校が大半という状況でした。それでも数少ない門戸を開く学校があり、一期校は合格しました。二期校は、もっと近い立地の学校を選びました。ところが、この学校は教科試験の後、色覚検査がありました。色覚検査の影響かはわかりませんが、不合格となりました。

 

3番目に「色覚異常」で心配したのは、自動車運転免許の時です。原付自転車、普通自動車とも色覚検査にパスできるかドキドキでした。交通信号の識別は出来ていましたが、検査されること自体、とても気が重い状態でした。結果としては、免許取得は出来ました。

 

4番目に「色覚異常」で心配したのは、就職試験です。これも履歴書と健康診断書の提出を求める企業が多く、色覚について明確な条件提示が無くても、健康診断書には色覚検査の欄があり記入されます。ここでも少なき門を探して、試験を受けるという状態でした。更に、私の就職した1976年はオイルショック後で求人数が大きく落ち込み、大変な就職難という2重苦でした。

 

5番目は、結婚の時です。人並みに好きな人が出来た時、果たして結婚して良いものかと相当悩みました。結婚すれば子供に「色覚異常」という因子を継ぐことになり、それは倫理的に許されることなのか?子供を作らなければ、自分の代でその因子を1つ終止する事ができると考えていました。でも、自分が「色覚異常」であることを彼女とその両親にもはっきり伝えて、結婚しました。次は、子供を作ってよいか?これも妻と話し合い、それでも子供を持つことを決意しました。子供には小学校の高学年の時に、「色覚異常」の遺伝子を持っていることを伝えています。

 

色々と制約を受けながらも、何とか生活を続けています。そもそも感覚は、人それぞれ違うもので少しずつ違うもの。そして、本人が感じる感覚は決して他人には知覚できないもの。

そして、自分と他人とは、感覚器が違うのだから同じにはなり得えない。工業製品が同じ工程で同じように作られても、それぞれ特性がばらつきます。人の感覚器もそれぞれ特性に違いがあって当たり前と思っています。色覚について言えば、RGBの受光感度特性がマジョリティの特性と少し違う程度のこと。この受光感度特性を光学的に補正できれば、マジョリティと同様な受光感度特性が得られるのではないかと考えています。

 

最後に、「色覚異常者」として自分が(個人的に)心掛けていることを述べてみます。

1.  ものを指し示す時、色で表現しない。形や位置など、別な特性で表現する。

2.  色に自信のない時は、頼れる身近な人の確認を得る。

3.  電気部品のカラーコードは、読み間違えやすいので、特性値を計測して確認する。

4.  交通信号機は、慎重を期す為、点灯している信号灯の位置も確認する。(横型なら左が青、縦型なら下が青)

信号機のある交差点では、信号機の情報の他、周囲の人・車・2輪車の動きや音の情報に注意を払う。

5.  資料作成時の彩色は、色の情報の他にもう1つ別の情報を重ねる。(ハッチングの種類、線の種類等を変えて、色以外の情報で識別できるようにする)

 

今回、自分の色覚に関する投稿依頼をお引き受けして、自分の人生を振り返ることができた事、大変感謝しています。良い機会をいただき、ありがとうございました。

 

 

 

今回のブログへの投稿は会員のT.Nさんが自身の貴重な体験を書いて下さいました。改めて感謝申し上げます。なお、読者の皆様のいっそうの理解に資するため、著者の承諾を得て以下に本会事務局より脚注を追記させていただきます。

(脚注)

●「色覚異常」「色覚異常者」という言葉については、差異や多様性を「異常」と呼んできたのは不適切であり、てっぱいの会としては現在使っていません。「色覚の差異」「色覚多様性」や「色覚当事者」などを適宜使っています。「色神」という用語は、今日では使用されなくなっています。

●自動車運転免許の取得ですが、数十年前から信号の識別として、赤・青・黄色の識別を確認するものとなっています。色覚による不合格はほとんど聞きません。

●色覚当事者の色彩識別能力も多様で、一人ひとり個人差があります。交通信号機の見分けも含め、大半の当事者は日常生活にはほとんど支障はありませんが、識別に不安がある場合にはそれぞれ識別の仕方を工夫しています。