2020年1月5日
BPO(放送倫理・番組向上機構)御中
日本色覚差別撤廃の会
フジテレビ「世界のありえない映像」(1月2日18:30~22:00)について
色覚に差異のある子どもが「補正メガネ」をかけて差異がなくなった、というエピソードが同番組中で放映されましたが、公共放送として以下のような放送倫理上の問題があると思われます。
なお、本件につきましては事前のメディア情報に基づき、年の瀬に当該局へ所要の是正を要請していましたが、遺憾ながら何らの応答、対応もなかったところです。
1 不適切な用語
ア 「先天色覚“異常”」
これは旧来の医学的な慣用語ですが、多分にパターナルな予断をはらむ用語であり、色覚の差異と当事者に対する偏見を助長するものです。
ちなみに、日本遺伝学会は一連の遺伝用語の見直し作業の結果、2017年に公表をしたなかで、とくに「色覚異常」について取り上げて、生活上の支障はないこと(つとに当局も公認)、かなりの発生頻度であること(眼科的色覚検査の上で日本人男性の4.5%、約300万人)から、「色覚多様性」への用語変更を打ち出したところです。
イ 「色覚“補正”メガネ」
遺伝性・先天性の属性のため、色覚自体が変わる(補正される)ことは文字どおり「ありえない」事象で、この点は映像中の「検眼医」も言及しており、相矛盾しています。
2 フェィクなストーリー
数点の「実際の写真」や「実際の映像」を除く過半の部分は俳優によるドラマであるが、その明示が弱く全体に実際の映像という印象を巧妙に醸し出しています。
また、以下のような簡単なファクトチェックがなされていないシーンがあります。
ア 色ペンの赤と茶
当事者にとって色ペンキャプの赤色と茶色の「見分けがつかない」ことは仮にあっても(これ自体
かなり稀なことですが)、何度も決まって茶色のみを選ぶ、茶色に「取り違える」ことは、(常に特定
の賽の目が出るというような)面妖な話である。
イ 「効果」
メガネをかけた瞬間に、子どもが「赤」や「黄色」に続いて「黒」「白」とも叫んだが、黒や白が元々見えない(見分けられない)ことはありえない話である。
3 エビデンスの検証不在
ア 1つのエピソードのみ
色の見え方が変わったとする正体・真贋不明の1映像にすぎず、エビデンスは何ら示されていません。この点は映像中の検眼医ですら「賛否が分かれています」というかたちで留保しています。
イ サングラス
薄赤いレンズで全体に少し赤く見えるのは当然で、これをもって「色覚が補正された効果」と説明するのは牽強付会と言わざるをえません。しかもそれによって色の見分けに一すりかえ部で役に立つとしても、それ自体いわゆる1型(P型)の一部のみに限られるはずです。
4 予断や偏見の助長
ア 用語とストーリー
一つのみごとな感動物語として、まず当事者の“異常”を提示して潜在的な差別意識と同情・憐憫の感情とを2つながら掻き立てた後に、“補正”メガネによる問題「解決」のストーリーを通して安堵と歓喜の感情を呼び起こす(差別意識を潜在化させる)演出と見受けられます。
なお、字幕で示されている「先天色覚異常(日本人) 男性20人に1人 女性500人に1人」と「赤色」のペンが見分けられない子、この2つの意味の分別ができていません。
前者はあくまで眼科的色覚検査(大半はいわゆる仮性同色表のひとつ「石原式色覚“異常”検査」)における頻度であり(なぜかここでアメリカから日本にすりかえられていますが)、後者は実生活における色識別の度合い(実はこれらこそが実践的には有意義)の一例を示すものです(ペンの色が見分けられない子は、検査での“異常”児の中でも稀)。両者の区別すら学んでいないスタッフが本件の「驚き」のストーリーを練っているようです。
イ 和同会の悪夢
かつて「色盲の治療」を騙る詐欺療法を和同会・目白クリニックが展開し、膨大な被害者を生んだ悪質商法が全国的な社会問題となったことは周知のところですが、「色覚“補正”メガネ」を自称するこの種の紛い物を喧伝する放送は、結果としてそれらを宣伝するだけでなく、色覚の差異と当事者に対する誤解と予断を与え、偏見や差別意識を助長・再生産している点では同列で、当事者の人権にもふれる問題の番組と言えるでしょう。
なお最後に一言。「日常、当たり前のように見えていることがどれだけ素敵なことかを教わった」との司会者のコメントは、色覚に差異のある当事者はあたかも「色そのものが見えていない」とのとんでもない誤解を与えかねないものですし、(メガネの恩恵の下に)少年に「アーティストになってほしい」というコメントも、色覚に差異のある当事者はそれぞれの色覚で(メガネなしで)様々のアーティスト(絵画・写真など)として現在活躍している人や歴史的に有名な画家も沢山いることをつゆ知らぬ、能天気な発言と言えます。番組製作者がこれらの基本的な知識を出演者に提供しておれば、こんな予断に基づくコメントは産まれなかったかと思われます。
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