2018年9月15日

総務省消防庁長官

 黒田 武一郎 殿

日本色覚差別撤廃の会

                                 会長  荒  伸 直

 

「消防吏員の色覚検査の基本的な考え方について」に関する要請

 

 貴庁は消防消234号により、標記通知を全国の自治体へ発出したところであるが、以下のとおり本会としての見解及び提言を示し、通知の見直しを要請するものである。

 

1 主な問題点

 本件通知では、眼科的に色覚が「異常」と判定される者(以下、「当事者」と呼ぶ)は、

消防業務の上で「適性と能力」を欠き「支障」のある、あたかも危険な不適格者に相違ない、との誤解・予断ないし思い込み・偏見が、きわめて根深く伏在していることが窺われる。

 また、一定の留保を示すなど一見もっともらしい論の体裁をとりながら、確信ないし妄信を秘めて、これら当事者を眼科的色覚検査によって選別すべきとの筋立てを、実に巧妙に構成していると言わざるをえない。

 

(1)具体的に見れば、まず「記」1で業務上「色が重要な判断要素となる場合もある」と「想定」例を列挙しているが(注1)、これらのエビデンス(根拠)は必ずしも明らかでない。

 また「色覚の異常が発覚した」吏員につき「人員配置又は業務上の配慮を行う必要が生じた事案もある」としているが、少数に過ぎない上に根拠不明のケースをもって、消防吏員の「色覚の状況を把握する」ことが「重要である」と強調している(以上、下線は引用者)。

 以後も2度にわたり同様の論法で「色覚の状況の把握」を繰り返しているだけでなく、その把握の「手法」とは、つまるところ眼科的色覚検査に他ならないのである(注2。なお、これら色覚検査は汎用性はともかく、「合理性」を欠くことは後述)。

 

(2)次に、「記」2で、主題・本丸の「採用試験における色覚検査」につき、「各消防本部において」「その実施の必要性を検討すること」と述べ、実施の適否について原則を示しておらず、適切な「技術的助言」を行うべき消防庁の責任を実質的に放棄している。

 またここでは、それら「実施の必要性の検討」を促す前提として、各本部の「規模・職員配置」論を掲げている。これは先の所管大臣の答弁にも見られるように、規模の大きな本部では仮に当事者を雇い入れても、支障が「懸念」される職務以外へ配置できるが、小さな本部では困難との論である。しかしこれは図らずも、根本的な認識・本音において上述のとおり、眼科的に「重度」な場合に限るとしても「当事者は消防業務の上で「適性と能力」を欠き「支障」がある、あたかも危険な不適格者に相違ない」との予断ないし偏見に囚われている実像の露呈であり、如実な証左である。 

 それは「記」3での「軽度の色覚異常」云々との記述からも窺われるが、この重度・軽度の線引きは眼科的な程度区分を前提していることは明らかである。しかし、厚労省は2001年の労働安全衛生規則改正で雇入時の色覚検査を廃止した際に、「色覚検査は現場における職務遂行能力を反映するものではない」と説示している。仮に一定の色の識別が例外的に業務上必要不可欠だとしても、その識別力の「確認」の「手法」は基本的に眼科的色覚検査ではなく、現場のリアルな実物もしくは(それが困難な物については)その画像等を判定対象とした、実際の色識別度によることが最も適切で確実な手法であることは、予断を捨てれば論を待たない単純明快な事実である。

 ちなみに、眼科的色覚検査は究極のプライバシーとされる遺伝情報を結果として顕にする一方で、近年の遺伝学用語の見直しにおいては、色覚の差異について眼科が慣用する「色覚異常」の呼称は疑問に付され、「色覚多様性」が提唱されているのは周知のところである。

 

2 見直しに向けた提言・要請

 以上の問題点に基づき、最も基本的な論点について本会として以下のとおり提言し、通知の見直しに向けてその真摯な検討と実現を要請したい。

 

(1)眼科的色覚検査の判定結果で、またその程度(重度・軽度)の判定によって、当事者の消防業務上の「適性と能力」を判定するのは適切ではない。これは上述のとおり2001年の労働安全衛生規則改正の本旨である。眼科的色覚検査への疑うことと無縁な妄信、「眼科的な色覚の判定=業務上の色識別力の判定」なる今も根深い単純素朴な社会通念、予断と偏見をいちど虚心に自省し、早急に本件通知とその説明を改められたい。

 

(2)業務の上で必要不可欠な色識別度を判定しようとする際には、

 ア まず前提条件として、職場内に漫然と残存している識別の難しい表示などを徹底的に

点検し、厚労省がつとに説示しているとおり、より容易に識別しやすい色使いや色以外

の工夫を加え、色のバリアフリーないしユニバーサルデザイン上の改善を図るべきこと、

 イ 次に、業務の上で色識別が必要不可欠となる対象物について、上記の改善を図った上

  で、エビデンスに基づいて厳密に選定・特定すべきこと、

 ウ それらの上で、特定された現場の対象物・実物(もしくはその画像)そのものによっ

て、実際的・リアルに色識別力を判定すべきこと(具体的に例示すれば、「色が重要な判

断要素となる場合が想定される」と言うところの、合理的にバリアフリー化された上で

の、危険物を保管するボンベの色やトリアージタッグの色による判定)、

 エ なお、採用選考に応募する当事者の便宜のため、上述の画像(写真や映像)を事前に

 (少なくとも募集要項と合わせて)印刷物やサイト上で開示・提供すべきこと、

 などが十分に履行されるよう、早急に本件通知とその説明を改められたい。