2020年10月28日
滋賀医科大学長
上本 伸二 様
貴大学ホームページの内容に関する見解
日本色覚差別撤廃の会
会長 荒 伸直
時下、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、本会より貴大学の眼科学講座のホームページの内容について二度に渡り質問状を送付させていただきましたが、何らのご回答もありませんでした。このことは、貴大学としては同ページには不適切な表記はなく、現状のままに堅持するとの意思表示と判断いたします。
同ページの職業適性の考え方の内容は、以下に記すように多くの問題点を含んでおり、これを見た部外者とりわけ色覚当事者・家族に誤った認識を与え、将来にわたって禍根を残す恐れがあります。また、社会に色覚問題に対する偏見を与え差別意識を助長させるものであり当事者の団体として看過できません。ここに、同ページの内容について本会としての所見を述べます。
色覚における「職業適性」を考えるとき、踏まえておくべきいくつかの基本的視点がありますが、重要と思われる3点を上げておきます。
第一は「色覚の差異に対するエビデンスなき時代錯誤の予断と偏見から解き放たれること」です。かつて色覚当事者は色の判別を誤るという間違った言説によって多くの職業から排除されていました。しかし、このことが根拠なき偏見によるものであることが明らかにされ、法令の改正に伴い制限が撤廃されていき、それらの職場で多くの当事者が活躍されていることは、色覚による差別の不当性を実証する歴史とも言えます。当事者が偏見なく正当に評価されることが何より重要です。
第二は「眼科的色覚検査では当事者の現実の色判別力や職業現場の業務遂行能力は判断できない」という認識に立つことです。長年にわたり学校において全児童生徒への色覚検査を実施し、異常(の疑い!)とされた場合その結果をそのまま進路適性に援用し、多くの職業から排除するという歴史が日本にはあります。この場合の眼科的色覚検査は医療的検査上の結果でしかなく、本人が持つ日常における色判別力とは異なるものであり、ましてや仕事における遂行能力を判断できるものではありません。不必要な色覚検査をすべきでないことは無論のことですが、職務上一定の色彩判断力が要求されるとする職場においても、現場で用いられている具体物を使って、その職務に即した色判断力が判定されるべきです。眼科的色覚検査を職業適性の評価に援用する間違いを犯してはなりません。
基本的視点の第三は「人として差別されない人権尊重」の視点です。色覚の差異は近年、ヒトに備わった個人的形質の多様性の一つであるとの科学的見解が示されています(2017年日本遺伝学会)。色使いにおいて生活上何らかの困難を感じている人が存在するとしたら、それは色覚上で多数が占める社会でのマジョリティ中心の結果であり、数的に少数のマイノリティの存在を意識してこなかっただけのことです。この観点からのカラーバリアーフリーの必要性が訴えられています。
以上の諸点が法的に位置づけられたのが2001年労働安全衛生規則の改正でした。同規則の改正によって雇入時健康診断の色覚検査が廃止され、職場環境の改善が事業者に求められましたが、その際に改正の趣旨として指摘されたのが上述の内容です。2013年に成立した障害者差別解消法でも、障害を理由とする差別を禁止し、社会的障壁を取り除くよう合理的配慮が社会に求められています。
これらの基本的視点を踏まえた上で、悪しき偏見に捕らわれない考え方が必要です。
以下、同ページの各項目の記述内容にそって本会としての所見を述べます。
(1) 異常の程度と職業適性
1)色彩感覚を要求される仕事
この項目に書かれている内容は、色覚当事者は色の判別を誤るという偏見に捕らわれ、例示された仕事に対応する色認識力を持っていないという思い込みがあります。現実の仕事上で踏まえるべき基本的視点が欠如しており、指摘されている職業において多くの当事者が活躍している現実を見ようとせず、エビデンスもない主張です。
2)交通・運輸関係の仕事
色覚当事者は信号機を見誤るというかつて流布したエビデンスなき言説に捕らわれた考え方です。これらの職種においては眼科的色覚検査を職業適性試験として援用するという誤りが続いており、現場における色の判断が可能か否かを確認することで十分であり、むしろ適切であるという基本的視点が欠如しています。諸外国においては一部に門戸が開かれており、その不合理性は時代とともに見直されてきています。
3)医療関係の一部
色覚当事者は「顔色、皮膚の色、吐物・便・尿の色判断ができない」という憶測から、人命にかかわる仕事である医者には適さないと断じていますが、医師の国家資格では当初より色覚の差異は問われていません。日本はもとより世界中で多数の当事者である医師が立派に仕事をしておられる事実に目をつむり、自らの予断と偏見に固執しているとしか言えません。
色覚当事者にとって生鮮食料品の鮮度の判定も苦手な作業のひとつであるとの説を脈絡も無視して提示していますが、それを裏付けるエビデンスを教えてほしい。事実も根拠もないこの種の思い込みの拡散は、偏見と差別意識を生みだしてきたかつての歴史と重なるものです。
4)小学校・幼稚園の先生
記述内容はあえて古いデータを掲示して印象づけ、現在に至る事実経過について誤解を誘う狡猾な構成です。1992年には全ての国立大学教育学部の色覚による入学制限は撤廃され、同様に1993年には全国の都道府県の教職員採用における色覚の制限はなくなった重要な経過は明記されていません。その後、多くの色覚当事者が大学で学び、小学校・幼稚園の先生となり活躍していますが、大学や学校教育現場で何らかの問題となったということを聞きません。
(2) 大学入学時の制限
現在において何らかの形で色覚を問う大学は海技士資格にかかわる学科のある3大学のみです。1980年代には多くの大学で制限がありましたが、1990年初めにはほぼ撤廃されました。廃止した理由は根拠なき不合理な制限であることから見直されたものです。文中における「色覚異常であっても大丈夫という意味ではない」等の記述は、色覚当事者は就業上困難に直面し問題が生じるとエビデンスもなく断じることで、入学制限の時代錯誤な正当化にいまだに固執したものと言わざるをえず、撤廃後の実態からそのような事実を聞きません。
(3) 国家試験・資格試験では
文中で具体的に取り上げられた職種は、かつて眼科的色覚検査の結果において「色覚が正常であること」を要件にして排除するという、まさに基本的視点の欠如したものでした。現在では警察は「職務遂行に支障のないこと」が条件となっています。また、眼科的色覚検査を実施していない消防本部は全国の約半数(2018年消防庁調査)となっており、根拠なき制限の不合理性が明らかになってきています。
同ページ全体の内容に一貫していることは、色覚当事者は色の判別を誤るという偏見に捕らわれた考え方、あるいは事実に基づかない(ある場合には事実に反する)事例によって自らの言説を主張し、それが当事者の多くが該当するがごとき予断に満ちた記述の後に、例外的に当事者の判断・努力に依拠した選択もあり得るとの留保を弁解のように付け足すという構成となっていることです。
さらには、本会が疑問に思う主張について科学的論拠(エビデンス)や知見の積み重ねの有無を尋ねてもそのことに対しての何ら説明はなく、主張そのものが甚だ疑わしいものと言わざるを得ません。
以上、問題点の指摘とともに本会としての所見を述べました。貴大学として早急に記述を点検され、見直しを図られることを要求します。
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